連載第6回

がんばれ!同窓生~次世代へ贈る言葉~

社会の壁と悪戦苦闘を繰り広げた勇者達、荒波をものともせずにスイスイと乗り越えていく若者たち、そして今でも先頭を走り続ける仲間たち。広報企画『がんばれ!同窓生』は、社会科学部を卒業し、ご活躍、ご奮闘されている同窓生の方を紹介し、その同窓生から多くの同胞、特に若者たちに向けてメッセージをいただいています。第6回は、サイバーエージェント・ベンチャーズの韓国代表を経て、新たにハイブリッド・ベンチャーズを起ち上げた海老原秀幸さんにお話を聞きました。(文責 伏見英敏)

<学生時代>
― 早速ですが早稲田を目指したわけは?
海老原:
志望理由は明確には覚えていないのですが、学生当時は“ブランドがある大学に入りたい”というミーハーな一心しか無かったと思います。漠然と早稲田という名前に憧れていました。慶応大学と比較し、荒々しい武骨なイメージが有るのも自分には合うのではと思っていました。いろいろなタイプの人間が集まり、互いにぶつかり合う雑多なイメージも個人的な嗜好に合っていたと思います。

― 入学年度と卒業年度は?
海老原:
1998年入学で2003年卒業です。(1年留年です。)

― 社会科学部が昼夜開講していた時代ですね。
海老原:
朝早い授業はないし、昼から夜までの長い時間帯で学べるという一番贅沢な時代だったかもしれません。

― この企画に登場された先輩たちの中には、毎日早稲田には来るけれど、教室にたどり着く前に友人につかまって雀荘や居酒屋にたどり着くというパターンも多いようにお聞きしていますが、海老原さんはどうでしたか?
海老原:
全く同じですねぇ(笑)

― 早稲田での学生時代はどんな風に過ごされましたか?
海老原:
学生時代はアルバイトや課外活動に大半の時間を費やしていました。今、また学生に戻ったなら自分も学生起業をしてみたいなという気持ちがありますが、当時は起業の「き」の字も知らない状態でしたので、本当に今振り返ると勿体無い時間の使い方をしてしまったなと後悔する点も多々あります。

― どちらのゼミに?
海老原:
後藤光男先生の人権法ゼミです。温和で学生に任せるスタイルを貫きながらも、時折大変勉強になるご指摘をいただきました。

― 人権法ですか、固そうなテーマですね。

海老原:
そんなこともないですよ。サークルの先輩に引っ張ってもらったということもありますが。近代会計学会OBで社学稲門会の副島先輩とか…。昔はとてもまじめなサークルと聞いていましたが、僕らの頃は遊び中心でして(笑) でも、僕は簿記2級まで取りましたよ。
― おお~、素晴らしい。

― さきほどアルバイトばかりしていたということでしたが、どんなことに力を入れていましたか?

海老原:

アルバイトといっても何か目的を持って働いているよりは、特にすることもないのでサークルの紹介で日本人事試験研究センターと言うところで続けていました。正直、人の参考になるような学生代を送ってはいないと思います。本当にモラトリアム期間のように時間が流れていってしまった印象です。自分はこれをやり切ったという経験、それが遊びでも学業でも、運動でも課外活動でもいいのですが……をする必要があったなと。特に就職活動時に痛感しました。自分探しではないですが、一生懸命に取り組んだ結果、自分の性格や嗜好というものに気付くことが出来るのはと思います。

― 早稲田でよく通ったお店とかメニューを覚えていらっしゃいますか?
海老原:
閉店がニュースにも取り上げられていたエルムという食堂には先輩や仲間達とよく通いました。多人数で行くと、同じ注文をしないとご主人から文句を言われるという店で、かなり独特な世界観を持ったお店でしたね。
あとは珍味だとか、ラーメンのメルシーには時々通っていました。

<就職・仕事>
― 在学中の就職活動は、どんな感じでしたか?
海老原:
当時は就職氷河期と言われる時期で、非常に苦労した覚えがあります。
勿論、環境の問題というより、私個人の問題が原因ということもありますが。
新卒の就職は、自分の希望通りには行かず、非常に強い挫折を味わいました。
学生時代に特に何も考えて過ごして来なかったので、その分のツケが回ったということだと思います。就職した後も自分が望んだ職種ではあったものの、望んで入社した会社では無かったので、早くスキルを身につけて、転職したいと思っていました。社内ではなく、外部に目が向いていたので、当時の上司とっては扱いにくい、生意気な社員だったと思います。

― 今の仕事を始めたきっかけは?
海老原:
前職のサイバーエージェントに2005年に入社したことがきっかけです。現在の私の仕事はベンチャーキャピタルという投資事業ですが、当時はベンチャーキャピタリストになりたいという気持ちは微塵もありませんでした。私がサイバーエージェントに入社を決めたのは、新規事業の立上げに携わりたいという思いからでした。ところが配属されたのがサイバーエージェント・ベンチャーズというベンチャーキャピタル事業を営む子会社でした。
サイバーエージェント・ベンチャーズに入社後は、直ぐに投資事業に従事したのではなく、支援先企業に出向して約2年間、役員として事業立上げ、オペレーション、資金調達など幅広い経験をさせて頂きました。その後、その企業が大手のグループ会社傘下に入る事となり、私はサイバーエージェント・ベンチャーズに出戻り、日本のスタートアップ企業への投資に携わることになったのです。その時の経験から私は現在でもベンチャー企業と一緒に新しい事業や産業を創っていくことにより意識が向いています。ベンチャー投資は出資をして将来的に投資時よりも高い金額で株式を売却し、回収するビジネスであり、それを出来なければ市場からの退場を余儀なくされるビジネスではありますが、それをクリアしながらも、ただ投資するだけでなく、事業を創出する何らかのきっかけやスパイスとなれる立場になりたい、有り続けたいと思っています。

― 立ち上げ時の苦労話や達成感などをお聞かせいただけますか。
海老原:
私は2つの立上げ経験を持っています。ひとつは、サイバーエージェント入社後に出向した支援先の事業の立上げです。入社直後に事業運営経験も全くないまま放り出されたので、最初は知識的にもスキル的にも非常に苦労しました。勿論、周囲のメンバーとのコミュニケーションという点でも非常に苦労した記憶があります。自分が若いながらも取締役という立場だった為、必要以上に気張ってしまいました。もう少し柔軟に立ち回ることが出来ればよかったのでしょうが、若いので当時は難しかったですね。たった一人で敵陣に送り込まれた気分でした。思い通りになることはひとつも無いですし、新規事業がやりたいと思って入社したのに、営業を手伝ったりと、新規事業なので自分たちで営業するのは当たり前なのですが、本当にゼロから色々と経験しました。この経験でビジネスマンとしても成長出来たのではと思います。
もうひとつは海外拠点(ソウル拠点)の立上げです。

― 韓国に渡ったのはいつ頃ですか?
海老原:
2012年10月です。

― 韓国には代表と言う立場でと言うことですが、会社としての下地のようなものはあったのですか?
海老原:
全くないです。ただ、この時は既に社会人経歴が10年近くあっての挑戦でしたので、そこまで未知との遭遇という感じは無かったです。文化面や商習慣での初遭遇は多かったのですが、右も左も分からない混乱状態というよりは、課題が上がってきたらひとつひとつ潰していくというイメージです。オフィスの賃貸から一緒に働く社員の採用までやりましたが、韓国は日本語で対応して頂ける協力会社も多いので、言語面で凄い苦労したということも無かったです。ただ、思ったことを直接伝えられないジレンマや消化不良感は常に付きまとっていました。また従業員のマネジメントも国が違うと、どうしても感覚的に一筋縄で行かないことも多く、日本と韓国の差もありますので、その間で苦労したことも多々あります。


※韓国の支援先企業での忘年会にて。『明日もスンリ』をはじめ日本でもお馴染みの韓国スター、チェ・フィリップさんと

― 韓国は一番近い外国ですが、意外なほど知られていないことが多いですね。
海老原:
韓国はスピード重視な反面、日本は減点方式で慎重に進める傾向にあり、非常にストレスが溜まりました。自分で出した結論は、自分は韓国でビジネスをするのだから、韓国の方に自分を寄せたスタンスを取るようにしたのですが、そこに至るまでは大変でしたね。必ずしも今までのやり方が正しいわけではないですし、日本が独特であると今でも思っています。自分達のやり方や価値観に囚われすぎると、海外でのビジネスは難しいなと痛感しました。多様性と言葉でいうと一言で済みますが、実際、自分とは異なる環境や背景で発展してきた市場や人々と対峙するというのは、言葉でいうより難しいです。
ただ、私自身は異なるものを融合出来てこそ、新しい価値を生み出すことができるのではないかと思っています。軸を持つのは重要ですが、常に変わることを恐れてはいけないなと思います。

― サイバーエージェント・ベンチャーズは何故韓国をステージにしたのか教えていただけますか。
海老原:
韓国はもともとインターネットの先進国で、以前からそこに投資してみようという考えはあったと思います。サイバーエージェント自体がインターネットに特化していて、自分たちの得意分野でもあるからです。

― 韓国は、インターネットの先進国と言うことですが、日本と比較して具体的に感じる違いはどんなところですか。
海老原:
まず、インターネットの普及率が高いですね。スマートフォンで90%以上でしょうか。しかもリテラシーが高いです。要は、リアルに実社会が豊かになる前にインターネットが入ってきているからだと思います。動画もビデオよりネットで、ゲームもファミコンと言うよりオンラインゲームでというように日本よりも生活に根付いているように感じます。例えば、今の中国はもともと(旧インフラが)何もないところにモバイルが入ってきているので、既にモバイルを活用した決済が日本よりもずっと進んでいるのと同じです。

― 日本は順々に欧米のインターネットの技術を取り入れて進展してきていますね。PHSや携帯電話、そして21世紀に入ってようやくスマホが発達してきた。ところが韓国や中国はその進展の「あいだ」を抜いて急速にスマホやタブレットに入ったということですね。
海老原:
そうですね。日本の場合は、全ての産業において既得権益者とか利害関係者がとても多いので、なかなかインターネットは普及しにくいのだと思います。

― 日韓の企業や働き方で感じる違いなどはどうですか。
海老原:
ドメスティックな価値観が強い両国ではありますが、グローバル競争に身を晒されているという観点では、韓国の方が企業も個人もグローバル対応出来ていると思います。また、韓国はスピードを重視しますが、日本は合意形成や抜け漏れのチェックに相当の時間をかけます。
日本は行動する前の計画性や、それぞれの事象に対して深く考えたりすること、全体との調和や協調性を重視しますが、韓国はより個にフォーカスしている印象があります。また、スピード重視で、多少の抜けや漏れは後から修正できるという考えです。組織的な面では韓国の方が上下関係は強い印象がありますが、にも関わらず意見を伝えるという点は韓国人の方が強いと思います。日本人は理不尽でも我慢し続けるが、韓国人は自分の考えや不満を、受け入れられるかどうかは別に、主張します。日本企業の印象はスピードが遅い、慎重という事に尽きますね。

― 日本の企業や個人のグローバル化が遅れている理由はどんなところにあると思いますか?
海老原:
日本は人口が1.2億人もあり、国内市場がそれなりの規模で存在しますので、グローバル化を強いられる環境になかったという点にあると思います。これは日本人の能力や適応性の問題ではなく、時代が急速に変化し世界の中で日本を見直した時、現状グローバル化が遅れているということになったということだと思います。イノベーションのジレンマのような事が国単位で起きているということではないでしょうか?

― そんな中での起業ですが、ハイブリッド・ベンチャーズはどんなことをやっていくのですか。
海老原:
独立(2017年)のきっかけは、自分でやった方が面白いかなと思ったからです。これまでの経験をもとに基本的にはベンチャーのファンドを作って投資して、新規事業もやっていきたいですね。
日本の場合、あらゆる面で既存企業が強いので、アメリカのようにドラスティックな規制改革でアマゾンやグーグルのようなインターネット企業がどんどん出てくるという感じのマーケットではないと思います。大企業と新しい企業がある程度一緒にやっていくようなやり方が文化的にもスムーズなような気がします。そのあたりを促進できるようなやり方が良いのかなと思っています。

― 仕事をする上で、一番大事にしていることや気にかけていることを教えていただけますか?
海老原:
学び続ける意識を持つことです。我々の仕事には、こうすれば成功するという法則がありません。過去の成功体験さえも足枷になる可能性があります。世界がどう変わっているのか、日本がどう変わっているのか、人々や価値観がどう変わっているのかということにアンテナを張り、近い将来どんなものが求められて、どういう事業が発展するか自分なりに仮説を持ち続けることだと思います。
また、奢らず謙虚にいる必要がありますし、起業家や事業を実際に営む方を
尊敬することも重要だと思います。いろんな人に会っていろいろな情報を集めて自分なりに咀嚼していくということを大事にしたいと思っています。
特にインターネットの事業も実際のリアルな事業とクロスしてくると、インターネットだけで完結しなくなってきます。既存の産業の方々にお会いしたり機知に富む話を聞いたりして、どういう形でインターネットを活用していけるかなどを考えていく必要があると思うのです。

<趣味・こだわり>

― 毎日ご多忙かと思いますが、仕事を離れたところで、いま一番気に入っていることは何ですか?
海老原:
40歳近くになり、いかに自分の体、精神を健康な状態に維持するかという事に意識を払うようになりました。その点でいうと、体のメンテナンスには若い時と比較したら、かなりの時間を費やしています。
また、身の回りのものを整理整頓したり、定期的に不要な物を捨てたりする
ことは意識的にしています。

<メッセージ>

― 社会科学部の学生や若者に期待することや応援のメッセージをいただけませんか。
海老原:
私も入学した時に、4年間はあっという間だと言われましたが、そのとおりでした。今でも数年前まで大学生だった気持ちですが、もう15年以上前のことになってしまいました。社会科学部は社会にまつわるあらゆることを広く学び、自分なりに昇華できる事を学べる学部だと思います。
学業だけでなく、それ以外の打ち込む事を見つけ、その2つを客観的にリンクさせていくことで、新しい気付きや学びがあるのではと思います。
また、是非学生の皆さんには起業や事業を創る分野に興味を持って、チャレ
ンジして頂ければと思います。インターネットの占める重要性が増している今、より若い視点での事業構築も求められてきていると思います。
学生時代は失敗しても、正直どうってことないので、やってみればいいと思
います。極論すれば、大きな失敗したほうがそれはそれで就職の面接で話せるネタになるのはと思います。それ位思い切ってやってもいいと思います。

(あとがき)
「早稲田の武骨なイメージ、いろいろな人間が集まってぶつかり合う雑多なイメージが自分に合っていると思った」と語る海老原さん。やや低音の語り口と時折のぞく人懐っこそうな笑顔が印象的だ。早稲田での学生生活は15年前も30年前もあまり変わりがないようで、「あっという間の4年間に学業ともうひとつ打ち込める何かを見つけよ」と学生時代にしかできないことにチャレンジしてほしいと自らの反省を込めたエールを送ってくれた。ベンチャーキャピタルの話になると一層熱が入り、さらに日本のグローバル化の遅れは「イノベーションのジレンマのような事が国単位で起きている」と語り、「大企業と新しい企業の協業が日本の文化にはあっているのでは」と指摘する。海老原さんはあらゆるところにアンテナを張り、いろいろな人と会ってますます魅力的な人間になっていく人だなという予感がする。彼が手がけて育てたベンチャー企業がユニコーンになる日もそう遠くないと期待している。

(プロフィール)
早稲田大学 社会科学部 2003年卒。マーケティングコンサルティング会社にて、大手メーカーを初めとした各種マーケティング・プロモーション戦略の立案と実行支援に従事した後、2005年6月よりサイバーエージェント・ベンチャーズ(当時サイバーエージェント・イン ベストメント)へ入社。 投資先企業に出向し、常勤のボードメンバーとして戦略立案からオペレーション改善等のハンズオン業務に携わり上場企業へのバイアウトを経験。 その後、日本国内にて20社の投資及び投資先のインキュベーション活動を経験し2012年10月より韓国投資事業の立上げのためソウルに駐在。韓国法人代表として韓国企業への投資活動及び経営・グローバル展開の支援に従事。2017年8月末にサイバーエージェント・ベンチャーズを退社し、ベンチャー企業の社外取締役や上場企業の新規事業立上げしながら、現在新たにアジアにフォーカスしたベンチャーファンドの立ち上げ準備中。

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